第4話 被告人 | 後継者

chatGPTで生成した日本風裁判所の画像
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2008年10月2日

時間ギリギリまで事実関係を頭に叩き込み、13:00ジャストに呼んでいたタクシーに乗って行き先を告げる。
「京都地裁まで」
出来ればその言葉を一生告げることなく人生を終えたかったが、昨年末に社長になってからというもの、まるで自分の人生が自分の人生ではないかのように、すっかりアンコントローラブルなものになってしまっていた。

27歳になったばかりの新米社長のため、就任直後はそれまでの体制を大きく変更することなく進めてきたが、就任直後に思い切った決断をしたこともある。問題行動が多い高齢社員の有期雇用契約を解除したことだ。

そもそもの始まりを紐解くと、父の代に話は遡る。父は1997年に社長に就任早々、バブル崩壊から時間差で襲ってきた和装業界の倒産ラッシュに直面することになった。

最優先事項として、得意先へ頭を下げての厳しい債権管理に取り組むことになる。お世話になった業界の先輩に、「申し訳無いが、貴方の会社にはもう商品を卸せない」と伝えていくという仕事は、義理と人情を大切にし、加えて少々見栄っ張りなところがあった父にとって、苦しい仕事であったことは想像に難くない。

次に、著しい業績の悪化を受けて会社設立後初の希望退職募集をすることに。この時はオープンに募集し、本当に実力があった方も含めてかなりの方が応募したようだが、予定していた人数には届かなかった。そのため、評価が高くなかった方を退職勧奨のような形で希望退職募集に応募するように面談で誘導したところ、2名の社員が外部の労働組合に駆け込んだ。これが全ての始まり。

当時は数十億円代後半の売上があり、業界内、そして京都の中でも存在感が大きい企業であった。偉大なる創業者の娘婿として満を持して二代目社長に就任したばかりの父にとって、「京都市役所前で会社の名前を出して街宣活動をしてやる」という労働組合からの脅しはてきめんに効いたのだろう。また、自身も学生運動で逮捕されて新聞の紙面に氏名が掲載されたことで、父の父、つまり私の祖父の再就職の話が無くなってしまったほどの活動家であったことから、そもそも労働者を守る側であった自分が資本家の立場で労働者と戦わなければならなくなったことへの抵抗も強かったのではないかと推測する。

この直後に適切な対応を取っておけば良かったのだが、脅しをかけられたことで労働組合に所属する2名は社内においてアンタッチャブルなものになり、殆ど放置された状態で10年が経とうとしていた。

先月のリーマンブラザーズ破綻を引き金として起きた世界的な恐慌の前から和装業界は大不況の波が襲っており、その余波を受けてリストラを行なった際にもその2名の扱いについては議論になったが、社内外に向けた体裁としてN氏1名だけ退職扱いにし、契約社員として再雇用するという落としどころになった。その直後、N氏が得意先を回る中で、得意先からかなり強いクレームを受け、N氏は担当から外して欲しいと言われる。その得意先は特段癖のある会社ではなく、どちらかと言うとアットホームな社風であるため、この会社からNOと言われるのは相当のことだ。一方、N氏本人には問題行動の自覚が無く、過去にも同様の行動が続いている中、指導しても改善が見られないことから、次の契約更新のタイミングで契約解除という今までに無かった強い意思決定を行なった。

直後に、京都地裁から訴えた会社の代表取締役宛、つまり私に対して訴状が届く。

そこから約2年間は経営としても、リストラなどもあって非常にハードな期間であったが、それに加えて労働裁判への対応も行なうことに。

そして冒頭のシーン。被告人尋問に答えるため、裁判所へ出廷した。入念な準備を行なったにもかかわらず、相手側の弁護士にまんまと感情を逆なでされるような質問を連発されて、法廷で声を荒げるということもあったが、京都地裁では当会社側の全面勝訴で終わる。その後、大阪高裁へ上告されたが、最終的には和解で話は決着。問題はもう1名のT氏。

リーマンショックを受けたリストラのタイミングでは、残るT氏に対して何のアクションも起こさないというわけにはいかなくなっていた。T氏も自分は治外法権な存在であることを分かっているので、仕事においても横着な対応を取る。今からリストラで辞めて行こうとする社員にとって何より許せないのはそういう人間が残ることであり、退職勧奨の面談の中でハッキリとT氏を辞めさせないのであれば私も辞めないと言ってくる人も居る始末。

日本において解雇は民法で規定されているが、裁判の判例によって定義された「整理解雇の4要件」をクリアしなければ事実上認められないことになっている。それも分かった上で、正社員であったT氏を整理解雇としたが、この時は揉めに揉めた。

・京都市内における最大のオフィス街である四条烏丸付近で、不当解雇を許すなというチラシを社名と私の名前入りでばらまかれる。
・同じチラシを近隣の和装企業のポストへポスティングされる。
・特に何もない平日の朝に社員から、大変なことになっていますから相手にせず会社に入ってきてくださいと電話。訝しく思いながら出社すると、大勢の動員された方々が出勤してくる社員へ上記と同じビラを配っている。
・5月1日メーデーには名だたる大手企業に並び、最後のシュプレヒコールを行なう先としてめでたく選定され、テナントで入居しているビルの前で街宣活動をされる。

控えめに言って悪夢の連続だった。あまりの怒りに社内の段ボールや机を蹴りまくって当たり散らしていたのも振り返ってみれば良い思い出、なわけはない。

もちろんT氏とも裁判になり、最終的には和解で決着した。労働組合との度重なる団体交渉や、細かい裁判の内容については、事案の性質上細かく記すことは出来ないが、

・組合活動も結局は商売なので、最後はお金。
・ただ、手段が目的化する典型例として、組合活動などに関わるようになるとそこが所属コミュニティになり、本人はスピーディーに解決したいと思っても、周辺がもっとゴネて和解金を吊り上げようとする事態が起こる。
一番大切なのは、最初に問題が起きた際にすぐ対処すること。腫れ物に触らないというスタンスが、後々一番問題を大きくする。

というアドバイスは、必要ないのが一番良いと思うのだが。

インサイドストーリー「裁判に持ち込まれたら負け」

裁判は苦行
経営上の課題や問題は自分がハンドリングする範疇で何とか出来ることが多いが、裁判はひたすらゆっくり進む&相手がどう出るか分からないことも多いため、まともに向き合うとストレスがとんでもないことになる。ベンチャー企業とかならせいぜい労基に駆け込まれて調停で片が付くと思うが、社歴が長い人間が居る場合は本当に細心の注意を払って対処した方が良い。

整理解雇の4要件
人員整理の必要性があり、
解雇回避努力義務も履行されており、
被解雇者選定に合理性を持ち、
手続きに妥当性がある整理解雇が出来る会社は、
もうすぐ潰れる会社です。
日本にも、解雇の金銭解決制度を早期に導入しましょう。

労働組合のメカニズム
問題を放置した10年の年月で、目的のための手段であったはずの労働組合活動が、目的そのものになってしまっていたのが最大のミス。組合の会報誌とか見たけど、夏にはBBQとかやってんのよ。いや、別に良いんだけどさ。

あと、動員された云々も全部日当が発生しているので、ビジネスなんですよね。投資した分をいかに回収するか、そういうことなのです。

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この記事を書いた人

サクセッション 編集長
1981年 京都生まれ。2006年 立命館大学卒業後、祖父が創業して父が経営していた着物メーカーに後継経営者として入社。父の急逝に伴い、2007年に代表取締役に就任。2017年に祖業を事業譲渡。その後、自身で立ち上げた事業も2018年に事業譲渡後、官民ファンドであるREVICの再チャレンジ支援によって法人は和解型の特別清算処理を行った。2018年に事業承継・レンタルビジネス・ECコンサルティングを手掛けるDEPLOY MANAGEMENT株式会社を設立し、現在までに多数のクライアントの課題解決を手掛けている。

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