第24回「きもの新大陸発見その2」 | たんす屋創業者 中村健一の回顧録

2000年にリリースされたマドンナのアルバム「Music」のジャケット

3月15日に明治神宮の全日本弓道連盟中央道場に於いて、弓道連盟の昇段審査が開催され、私は無事に参段に昇段を果たしました。

2020年9月1日にたんす屋をMKグループに事業譲渡。引継ぎ業務も12月で終了し、1979年3月から続いた私の着物ビジネスは突然終了を迎えることに。41年10ヶ月の着物人生でした。この様なかたちで仕事から100%引退することは、まったく想定外の出来事で、これから何をどうするのかもまったくの白紙です。

すぐに始めたのは自炊でした。買物、料理、食器の洗物、拭きあげ、ゴミ捨て、これらすべて家内にまかせていた一連の流れを先ずはやることに。更に、コロナ禍で外食はせず、一日二食にしました。お陰様で約80キロあった体重は1年後に56キロに減少。着物の下に隠れていた内臓脂肪が20キロ以上消えて、お腹の皮が余っていました。現在は、65キロの理想的な体重に戻っています。

更に、毎日が日曜日なので毎日家内と散歩に出かけました。よく行った場所が杉並区の大宮八幡宮と明治神宮です。どちらも自宅から徒歩で片道数十分ほどかかりますので、とてもよい散歩コースでした。

そこで目にしたのが弓道場です。大宮八幡宮から和田堀公園に向かう途中に神聖な雰囲気の弓道場がありました。急に弓を引いてみたくなり、問合せをしましたが、コロナ禍で新規募集を中断しているとのこと。明治神宮でも偶然に弓道場を見つけました。至誠館という武道場に弓道科があり、ここでも同じく新規募集を中断していましたが、再開の目処がたち次第連絡をくれるということに。

2021年3月に至誠館から連絡があり、新規募集を再開したとのことでした。喜び勇んで見学に行き、その場で入門を決めます。人生で一度も弓を引いた経験も無く、66歳の手習いのスタートでした。

あれからちょうど5年、お陰様で参段に昇段できて、とても嬉しい気持ちでいっぱいです。現在は週に3回程度約2時間ほど弓を引いていますが、本当に素晴らしい武道で、弓道に出会えたことにとても感謝しております。今一番仲良くしている「弓友」は85歳で四段です。彼は高校時代に弓道部で二段だったそうですが、いまも毎日進化しておられ、大いに学ばせていただいております。

参段に昇段できてあまりに感激し、前置きが長くなってしまいました。時空を25年前のLAにもどします。

サンタモニカにオープンした「Kimono-ya」はまずまず順調なスタートで、初月度最低ラインに設定した30,000ドルを上回ることができました。今のレートであれば、約480万円ですが、当時のレートは約120円と記憶しておりますので、360万円程度です。JR船橋駅の駅ビルシャポーのたんす屋1号店の初月度600万円には遠く及びませんでしたが、それでも認知度ゼロの外国でオープンした着物ショップが、なんとか成り立つ目処がたち、すぐに多店舗展開を目指しました。

ちなみに、LAではワタベウエディングがすでに大成功をおさめており、ワタベウエディングの創業者の渡部孝夫会長とは、盛和塾(京セラの創業者稲盛和夫さんの主催される経営塾)の大先輩でよく可愛がって頂きました。渡部孝夫さんは京都の西陣のご出身で海外挙式のパイオニアでハワイでの結婚式をポピュラーにされたイノベーターです。ハワイでの大成功を背景にLAに進出され、特にLA郊外のパロスバーデスのガラスの教会での結婚式は日本人カップルに大人気となり、ハワイに並ぶドル箱だったそうです。

ワタベウエディングのLAのお店は、サンタモニカのサードst.の路面店舗でしたので、サンタモニカプレースモールの「Kimono-ya 」から徒歩数分。店長さんをご紹介していただき、将来的に参列者の着物のレンタルや着付けサービスなどでアライアンスを組めないか検討しておりました。

サンタモニカに次いで、LAエリアで最も人気の高級商業施設、センチュリーシティに「Kimono-ya」2号店を、更にLA西部(ピコ通りx ウエストウッド通り)の大型商業施設、ウエストサイドパビリオンに3号店を、更にリトルTokyoのホテルニューオータニの中に4号店をオープンしました。

特にセンチュリーシティのお店には、ハリウッドのセレブの方々がご来店いただきました。トムクルーズ、デミームーア、なかでもマドンナは大人買いで、着物と帯を50セットをお買上げに。マドンナのご自宅で日本趣味のパーティを企画されていたそうで、パーティの当日は着付けのできるスタッフを3人派遣しました。

マドンナのご自宅に派遣されたスタッフに聞いたところ、寿司職人のケータリングサービス、Sakeのウエルカムドリンク、ラックに並んだお着物をゲストがチョイスして、その場で簡単着付けで日本の音楽やアニメを楽しむ趣向のパーティだったそうですが、それもこれも、あの忌まわしい事件以降しばらくは影をひそめるようになってしまいました。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

たんす屋創業者
1954年 京都生まれ。1979年 慶応義塾大学卒業後、祖父が京都で創業し、約80年の歴史を持つ老舗呉服卸店 東京山喜株式会社入社。1993年 代表取締役社長に就任。1999年 リサイクルきもの「たんす屋」事業を立ち上げ、それから僅か7年弱で100店舗を超えるまでに成長を遂げる。2001年 同事業にて第11回ニュービジネス大賞 優秀賞を受賞。2006年 商業界より『たんす屋でござる』を出版。2020年4月 コロナウイルス感染拡大に伴った緊急事態宣言発令の影響もあり、民事再生法の適用を申請。同年9月にまるやま・京彩グループにたんす屋事業を譲渡。現在はまるやま・京彩グループの顧問を務めている。

目次