第27回「たんす屋のフランチャイズビジネスモデルの確立」 | たんす屋創業者 中村健一の回顧録

先々月の4月からほぼ毎週、羽田空港第三ターミナルのメガたんす屋に出社しております。このコラムの冒頭ですでにお話しさせていただきました通り、2023年10月からたんす屋の事業譲渡先の「まるやま京彩グループ」にて顧問をさせて頂いているためです。羽田空港第三ターミナルのエアポートガーデンを運営する住友不動産からラブコールを頂戴し、2024年11月からエアポートガーデン2階に、約130坪と浅草エキミセのメガたんす屋の約110坪を上回る規模の出店をさせて頂いております。インバウンド需要を取り込むために、絶好の立地と判断しての出店です。

過去自らが店頭に立って販売をした経験を思い出すと、2回ありました。1回目はたんす屋上野店の出店時です。御徒町駅から徒歩2〜3分の、上中商店街を入ってすぐの路面店でした。超好立地ながら、家賃があまりにも高額で社内的に合意が取れず、社長自らが店長になることを条件に開業した店舗です。1ヶ月目から月商が600万円を超えて、単月黒字化し、約半年間上野店の店長を社長業と兼務いたしました。呉服問屋の社長がいきなり着物の小売店に転身したわけで、まったく小売業を体験したことがなかったため、貴重な体験になったわけです。

2回目は、アメリカのサンタモニカに出店した「Kimono-ya」の一号店の折ですが、こちらは約一週間毎日、サンタモニカプレースモール2階の店頭に立って販売をいたしました。今、羽田空港第三ターミナルのメガたんす屋の店頭に立っていると、サンタモニカの「Kimono-ya」の店頭を思い出します。当時のお客様は、三分の一が地元のアメリカ人、三分の一が日本人や日系人、そして三分の一が世界中からの旅行客でした。サンタモニカは世界的な観光地でもありましたので、観光客が非常に多くおられたわけです。

今、羽田空港のメガたんす屋の店頭に立って心がけていることは、店頭を通過するすべてのお客様に笑顔で「いらっしゃいませ、どうぞご覧くださいませ」と日本語でお声かけすることです。日本語はNGのサインを頂戴した場合には、英語に切り替えて「Where are you come from?」とお伺いし、ご出身地に合わせて話題をつなぎます。また、ご出身地が中国大陸や台湾や東南アジアの華僑の方々の場合には中国語に切り替えます。意外にも多いのが日本語を話せる外国人と海外在住歴が長い日本人です。これらの方々は、非常に良い潜在顧客ですが、こちらが英語で会話がスタートした場合にはずっと英語になる場合が多いです。ですから、すべてのお客様に日本語でお声かけすることが大事だと思っています。着物市場の縮小傾向に歯止めがかからない現状において、訪日外国人の需要を取り込むことは何より重要な課題であると痛感しております。

さて、アメリカからの撤退を余儀なくされて以降、IPOに向けての戦略構築をするなかで、最も注力したことがたんす屋ビジネスのFC化です。フランチャイズビジネスの本質を理解したいと言う思いで、日本フランチャイズチェーン協会に加盟し会合にも熱心に出席しました。一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会(JFA)は、現在三部会で構成されており、コンビニエンスストア部会が約12兆円、小売・サービス部会が約13兆円、外食部会が約4兆円、合計で約29兆円という巨大な市場規模で、今も右肩上がりです。現在の着物市場規模の約2,000億円と比較してもその桁違いの規模感がおわかりいただけると思います。今も着物市場の中には、フランチャイズビジネスの本質を理解しておられる方はいらっしゃらないのではないでしょうか。なぜなら、着物市場のFC化が進んでいないからです。

ただし、着物市場においてのFC化は他のビジネスモデルとは異なりますので、一朝一夕に進捗させることは容易ではないでしょう。しかしながらその部分を解決することができれば、大きな可能性があると思います。2017年にたんす屋は、店頭数に於いて過去最大の128店舗に達しましたが、そのうち77店舗がFCでした。2006年にたんす屋の営業本部を日本橋人形町の本社屋から五反田TOCに移転したのをきっかけに、人形町の本社屋一階をセブンイレブンにお貸しすることになりました。その折にセブンイレブンの本部の方とお話ししたところ、当時約12,000店舗の中で直営店は僅か200店舗前後であり、その内容は本部による教育と実験のための店舗とFCオーナーから返上され、次のオーナーに行くまでの間の移行期の店舗とゆう事でした。つまり彼らにとってすべての店舗はFC化することが大前提なのです。この事実を知って私も、我が意を得たりと思い、たんす屋をすべてFC化する方向性を明確化しました。そしてその後はたんす屋のオーナー様開発を最重要の経営課題として自らの最優先マターに位置づけすることになっていきます。

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この記事を書いた人

たんす屋創業者
1954年 京都生まれ。1979年 慶応義塾大学卒業後、祖父が京都で創業し、約80年の歴史を持つ老舗呉服卸店 東京山喜株式会社入社。1993年 代表取締役社長に就任。1999年 リサイクルきもの「たんす屋」事業を立ち上げ、それから僅か7年弱で100店舗を超えるまでに成長を遂げる。2001年 同事業にて第11回ニュービジネス大賞 優秀賞を受賞。2006年 商業界より『たんす屋でござる』を出版。2020年4月 コロナウイルス感染拡大に伴った緊急事態宣言発令の影響もあり、民事再生法の適用を申請。同年9月にまるやま・京彩グループにたんす屋事業を譲渡。現在はまるやま・京彩グループの顧問を務めている。

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