第28回「たんす屋のフランチャイズビジネスモデルの確立その2」 | たんす屋創業者 中村健一の回顧録

1999年9月1日にJR船橋駅の駅ビルシャポーで産ぶ声をあげたたんす屋は、その後直営店で11月1日に赤羽ビビオに2号店、12月1日に荻窪駅のタウンセブンに3号店、2000年の2月4日に相鉄線の二俣川駅の駅ビルグリーングリーンに4号店と矢継ぎ早に出店をさせていただきました。そしてこのコラムの第22回でもすでに書かせていただきましたが、2000年4月1日には、千葉県稲毛のサティの着物専門店「やまと」のお隣にたんす屋FC1号店が誕生します。つまりたんす屋1号店が誕生して、わずか8ヶ月で一度もFCの加盟店募集をすることも無く、たんす屋はフランチャイズビジネスに足を踏み入れることになりました。

フランチャイザーは東京山喜で、フランチャイジーは名実共に日本一の着物専門店の「やまと」です。たんす屋のフランチャイズビジネスは、呉服問屋時代の主力顧客である着物専門店「やまと」の矢嶋社長のリクエストで、FC本部が誕生する事となりました。「やまと」がプレスリリースをした結果、繊硏新聞や日経新聞に『きものの「やまと」がリサイクルきものに参入、「たんす屋」のフランチャイジーへ』という記事が載り、その日から東京山喜はたんす屋のFC本部になりました。たんす屋1号店の船橋店が1階のアメリカ屋靴店の跡地へ催事出店し、11月1日に地下1階の「やまと」のお隣に移転してから、たんす屋の繁盛は隣接するご同業の「やまと」にもある種のシナジー効果をもたらしていた様です。それが「やまと」の矢嶋社長の素早い経営判断を促したと思います。

私は、矢嶋社長のオファーを受けて瞬時にFC本部になるための準備を進めました。先ずはFC契約書が必要不可欠です。加盟金や保証金、さらにロイヤリティをはじめFC契約には多くの専門知識が必要です。今ならば、AIに必要事項を入力すれば瞬時にFC契約書を書いてくれると思いますが、当時はFCビジネスの専門家に依頼して契約書を作成しました。その方から、JFA(一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会)への加盟もおすすめいただき、即刻入会させていただきました。おそらく入会当初は、準会員だったと思います。

「やまと」の戦略は明確でした。着物市場の急速な縮小トレンドをどのように切り抜けるか、その為の具体的施策の一つが「たんす屋」のフランチャイジー化でした。従来の約60坪平均の大型店舗を圧縮して約15坪程度の「たんす屋」を開店する。従来店舗は面積が25%程度減少しても売上には影響しない。そして隣接する「たんす屋」はお買い上げ客単価は約10,000円と低いが、お買い上げ客数は「やまと」より相当多くて、結果的にシナジー効果を期待できる。さらに「たんす屋」を運営する子会社に本部から人材を送り込むことで本部の人件費削減も見込める。この様な方向性から「やまと」の運営する「たんす屋」はその後、横浜ポルタ店、川崎アゼリア店、なんばウォーク店をはじめ、あっというまに10店舗を超えることになりました。

一方で繊硏新聞や日経新聞に、着物専門店の「やまと」が「たんす屋」のフランチャイジーになったことが記事になったことをきっかけに、着物業界内外から加盟店への希望が舞い込むようになります。着物業界でも経営環境が厳しさを増す中、呉服の地方問屋さんが加盟され、和歌山店や岡山店がオープンしました。また、呉服専門店からもオファーがあり、呉服問屋時代のお得意先で鶴岡のこいけさんが仙台店と新潟店を、姫路のみさ和さんが姫路店をそれぞれオープンされます。さらに、着物業界以外からもオファーがありました。そこの企業は、流行りのFCビジネスのフランチャイジーに複数加盟されておられ、主に飲食店のフランチャイジーが多かったように記憶しております。横浜市港北区日吉の商店街で「たんす屋」日吉店をオープンされました。

この時に強く感じたことは、やはり「たんす屋」ビジネスは着物に思い入れがある人または企業で無いと容易ではないということでした。一つは、オーナーさんに着物に関しての基礎知識が無い場合には経験者を採用すれば良いのですが、その経験者のレベルを見極めることが大切になってきます。つぎに「やまと」さんも、呉服の地方問屋さんも、かつてのお得意先の小売店さんも皆さん、リサイクル着物が売れることで、着物市場に新規顧客が増えていき、それが将来的に着物市場の活性化につながることに対しての期待と希望を持って、「たんす屋」の加盟店をしていただいておりました。そこに対しての期待や希望を持っておられないと、やはり同じ景色を見ることは容易ではありませんでした。

私のフランチャイズビジネスの概念を根底から変えるきっかけになったのが、2006年3月に、「たんす屋」の営業本部を日本橋人形町の自社ビルから五反田TOCに移転をし、自社ビルの一階をセブンイレブンにお貸しすることになったことです。セブンイレブンの本部の方と契約の折に色々な話をさせて頂く機会があり、セブンイレブンのFC契約にはAパターンとBパターンがあると教えていただきました。当時、私の知る限り、セブンイレブンの鈴木敏文さんがフランチャイズビジネスの本質を最もよく理解されておられた方ではないかと思っています。

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この記事を書いた人

たんす屋創業者
1954年 京都生まれ。1979年 慶応義塾大学卒業後、祖父が京都で創業し、約80年の歴史を持つ老舗呉服卸店 東京山喜株式会社入社。1993年 代表取締役社長に就任。1999年 リサイクルきもの「たんす屋」事業を立ち上げ、それから僅か7年弱で100店舗を超えるまでに成長を遂げる。2001年 同事業にて第11回ニュービジネス大賞 優秀賞を受賞。2006年 商業界より『たんす屋でござる』を出版。2020年4月 コロナウイルス感染拡大に伴った緊急事態宣言発令の影響もあり、民事再生法の適用を申請。同年9月にまるやま・京彩グループにたんす屋事業を譲渡。現在はまるやま・京彩グループの顧問を務めている。

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